妖怪 江戸時代


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江戸時代の妖怪

『おもゐつづら』に月岡芳年天明8年(1788年)に『夭怪着到牒』著者:北尾政美が出版されます。
これは黄表紙本の妖怪図鑑です。
その序文には「世にいふようくわいはおくびょうよりおこるわが心をむかふへあらわしてみるといえども…」とあり、これはこの時代からすでに、妖怪を研究しながらも、その妖怪の実在性を疑問視していた人がいたことを示している。

この時代の印刷・出版技術の発展とともに、出版文化が発達していき、黄表紙などによって盛んに題材として妖怪が用いられました。

そしてそれらの書籍を扱う「貸本屋」の普及や利用により、庶民の中で各々の妖怪のイメージが固定し、それが日本全国に広がっていきました。
たとえば河童に類する妖怪は江戸時代以前には、日本全国に多くの様相や解釈がありましたが、書籍の出版によって、それが現在のいわゆる河童に固定されていきました。

またその他の刊行物を含め、民間で伝承されたものとは別に、駄洒落や言葉遊びなどによって、この時代に創作された妖怪も数多くありました。現在でいえば妖怪辞典のような位置づけであろう鳥山石燕の『画図百鬼夜行』はその一例す。
また、江戸時代に百物語のような怪談会が流行する中、怪談の語り手がまだ世間に知られていない未知の怪談・妖怪を求めた末、個人によって妖怪を創作してしまうといったケースも創作を増長した要因の一つと考えられており、そうして創作された妖怪の中には傘化けや豆腐小僧が知られています。

また「浮世絵」などの画題としてもよく描かれ、有名な妖怪を描いた絵師に歌川国芳、月岡芳年、河鍋暁斎、葛飾北斎などがおり、また、狩野派の絵手本としても『百鬼夜行図』が描かれました。

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