明治維新以降の日本には、良くも悪くもの西洋化思想の流入があって、海外の出版物の翻訳が様々なことの影響を与えました。特に西洋の物語の豊かなイメージの物語が、日本の文化に浸透して、日本人の思想や価値観、自然観、あるいは死生観も含めて、大なり小なりの影響を落としていくのは自然なことでした。
貧乏神と疫病神と死神は並んで語られ、死神は古典落語でも採りあげられて、日本の妖怪や神からの土着のものと受けとられるかもしれません。
三遊亭円朝が明治時代にグリム童話の『死神』か、イタリアのオペラ(歌劇)の『靴直クリピスノ』の翻訳本を参考にして、落語の『死神 』を創作したということです。それが巷に広まったことが知られています。
このように西洋の物語に描かれる怪物も庶民に認知され、誤解からの日本の妖怪としてや、また近代史における「西洋の妖怪」の影響として、日本でも膨らんだイメージがまた新たな要素を包括して定着したのではないかとも思われます。
その一方で、西欧からの近代主義の導入は、ともすれば日本の古典文化は非科学性として排斥され、伝承書が軽視されて、科学的考察が至上とされ、妖怪もその他の迷信の類ともに、排斥される傾向もありました。
江戸末期から昭和や平成に至るまで、その時代時代の民俗学者の著書の発行と民俗学による権威付けが、妖怪という日本の民族文化の衰退の歯止めとして、一役買ったこともいえます。
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